ニューオーリンズを壊滅状態に陥れたのとほぼ同程度のパワーを秘めた、ハリケーンが日付変更線を越えて台風12号イオケとして日本列島へ接近、と言うニュースが飛び込んで来た。
8月の2日から6日にかけて、サンライズワールドの現地オペレーションを一手に担う南台湾のリゾートタウンケンティンのメインストリートに本拠を構えるアランサーフクラブを主導に台湾で初めてのインターナショナルサーフィンコンテストが行われた。
サーフ&スケートのカルチャーをコンセプトにした今最もレアーな雑誌として注目されているフリーペーパーcyxborgって知っていますか?
旅にでるとどうしても気になるのがおみやげだ。言ってしまえばたかがお土産なのだが、旅の終わりに慌ててスーベーニアショップに飛び込んでめったやたらと手当り次第に買い込んだのでは、チト味気ない気がする。
5月4日から6日にかけて静岡県の静波海岸で開催された2006年ロングボードサーキット第1戦『静波カップ』は、途中並みのサイズダウンにより第4ラウンドを消化したのみで中止となってしまった。こうなると気になるのが賞金の行方だが、
新たなサーフスポットとして注目されている南台湾へ行って来ました。道のりは、日本から約3時間程ちょうど映画を見終わってしばらくすると台北に到着。そこから高雄まで国内線で約1時間、空港から約2時間のドライブで南台湾最大のリゾートタウン、ケンティンニ到着。
以前は、海外に出たらその国のライフスタイルや文化を知るためにも現地の食べ物しか頂かず和と名のつく食料の携行をかたくなに拒んでいた。がしかし、
長いサーフィン生活を振り返ってみて何が一番楽しかった、いや今も進行形なので楽しいことなのかとふと考えてみた。
僕が始めて南の島へサーフトリップに出掛けて行ったのは、今から28年も前のことだった。
今年も2月22日から24日に渡り横浜のパシフィコにてINTER STYLEと言うサーフブランドを一同に集めた見本市が開催されている。
最近は、寒さをその理由に海から離れたサーファーらしからぬライフサイクルを送り自分でも『これは、かなりヤバイ』と思っているのだが、今朝は何時もよりちょっとばかり早起きをしたと言ってもサーフィンで良く言う朝一と言うよりは、限りなく朝二に近い目覚めだった。
今回のレージャータイムサーフストリーは、間もなく生後10ヶ月を迎えようとするメスのゴールデンレトリーバーのクーニーが主人公だ。長野育ちの彼女は海なんてまったく見た事の無い生活を送っていた。
連日フラットな状態が続いていた湘南だったが、2月7日低気圧の通過に伴い久々のグッドウェーブだった。
早朝は、うっすらとヨワヨワしいうねりがあったもののほとんどフラットに近い状態だった。
ある雑誌の取材でバリを訪れたときの事だった。いつもの様に取材の合間にサーフィンをと企み、普段ならロングボードとニーボードの二本立てとなるのだが、この旅では携行品も出来る限りセーブしようとニーボード一本に絞って度に出た。
長年ロングボードを楽しんでいるのだが、最近自分のサーフィンに対するアプローチの仕方が変わってきたような気がする。ロングボードと言うと9フィート以上のボードを指すのだが
ニューカレドニアの取材から戻り、数日後にはJPSAのジャッジ兼サーフジャーナリストとしてヒッカドゥアで毎年行われているスリランカ・CUPへの旅という慌しい日々が続いた。
今年はスリランカ・CUP(ロングボード)とローカルコンテストに加え、新たにロングボード・レディースクラスが開催された。コンテスト会場となったヒッカドゥアのメインポイントには連日2~3ft、時にはセットで4ftぐらいの波が押し寄せて最高のコンテスト・デイとなった。
ヌメア(ニューカレドニア)の国際空港に降り立ち。そこから海へサーフポイントへ直結できることも、訪れるサーファーにとって最高のロケーションだ。天国に近い島と知られているが、僕にとってそこは天国以上のものだった。
ボートで20~30分かけて行くアウターリーフにはどこも極上の波が立ち、サーフィン三昧の日々を送ってきたのだ。
ウエンギからウアノへの情景は島というよりもニュージーランドやオーストラリアのような広大な大地を思い浮かばせた。
メラネシアニューカレドニアへの取材旅行を一週間後に控え、万全な旅を敢行すべく準備に余念が無い日々を過ごしている。旅の内容は、誌面での発表前なので詳しくはお伝え出来ないがフューチャーするのは無論サーファー。
取材旅行と言う以上、私にとってもはや『旅』は、仕事の一部である。しかし、ラッキーな事に訪れた先々で大自然が生み出す魅惑的なゴールデンウェーブと言うフルコースを頂く事も多々ある。
SKサーフアドバイザー 江本陸プロフィール 1956年4月鎌倉生まれ。 地元の鎌倉でサーフィンを始める。ニーボードのプロフェッショナルとして数々の大会で活躍。スリランカのサーフ事情をメディアを通して最初に日本に紹介。その後、JPSA(日本サーフィン連盟)及びASP公認ジャッジとして日本のサーフィンの発展に努めている。また同時にライター活動をしておりNALUやSURF TRIP JOURNALなどでコラムを執筆中。